人生・ファイナンス入門

息子の大学で授業参観をする機会があったので聴講したのが「Life Finance」の授業。わずか70分の授業であったが、とても分かりやすかったので復習の意味も兼ねてここに解説してみる。

まず、学生として就職することを考慮している二つの企業、「S」と「L」があったとする。企業「S」は、最初の十年間に50万ドル、次の十年間に40万ドル、三番目の十年間に30万ドル、最後の十年間に10万ドルのキャッシュフロー(=自由に使えるお金)を生み出すが、プロジェクト「L」は、同様に、最初の十年間に10万ドル、次の十年間に20万ドル、次の十年間に30万ドル、最後の十年間に60万ドルのキャッシュフローを生み出す。

今までの人生に100万ドルの資金がかかっていて、親から調達した資金には10年間で10%分の利息がかかると仮定したとき、どちらの会社を選ぶべきか、というのが今回の課題である。

「投資した資金を回収するのにどのくらいの期間がかかるか」で比較すると、企業「S」が約23年、企業「L」が約33年となるが、この方法では、キャッシュフローの合計を評価に含めていないので、資金回収後に大きなキャッシュフローが期待できるプロジェクトを過小評価してしまう可能性があるので好ましくない。

キャッシュフローが全部でどのくらいあるか」で比較すると、プロジェクト「S」が130万ドル、プロジェクト「L」が140万ドルとなるが、この方法は金利をまったく考慮していない点が不十分である。

そこで、「現在のお金の方が未来のお金より金利分だけ価値が高い」という考えに基づき、十年後の1ドルの価値を十年分の金利分だけ割り引いた(1 ÷1.1)ドル(約0.909ドル)、二年後の1ドルの価値を二年分の金利分だけ割り引いた(1÷(1.1)^2)ドル(約0.826ドル)、N年後の1ドルの価値をN年分の金利分だけ割り引いた(1÷(1.1)^N)ドルと、金利分だけ割り引いて現在の価格(Present Value)に変換することにより、未来のキャッシュフローを一つのものさしで比較できるようにする手法(Discount Cash Flow = DCF)を採用するのが一般的である。

この手法を使って、二つの会社での未来のキャッシュフローをそれぞれ現在の価格に変換すると以下の通りになる。

繰り返しになるが、最も重要な点は、こうやって未来のキャッシュフローを現在の価値に変換することにより一つのものさしで比較できるようにする点。それゆえにその合計値に意味が出てくるし、二つの仕事の価値を直接比較して定量的な判断を下すことが可能になる。この場合だと、二つの企業からのキャッシュフローの現在価値の合計(PV)がそれぞれ107.88万ドル、104.92万ドルとなり、企業「S」の方が価値が高い(つまり個人として選択すべき会社)ということが分かる。

実際には、PVからそれまでに必要とした資金を引いたNet Present Value (NPV)を指標とし、そもそも就職先として考慮する価値がある会社かどうかがはっきりと分かるようにする。NPVが正ならば価値を生み出すプロジェクト、NPVが負ならば逆に価値を損なう会社(つまり人として入社してはならない会社)、NPVが大きければ大きいほど大きな価値を生み出す会社、という判断ができることになる。

バリエーション

転職するorしない、結婚するorしない、子供を作るor作らない、人生における全ての重要な決断にライフ・ファイナンスは適用可能です。

謝辞

直接的謝辞

このエントリーはLife is beautiful: コーポレート・ファイナンス入門を黙ってぱくってきて、プロジェクトを企業に、会社を個人に置き換えたものです。謝辞の謝は感謝の謝ではなく、謝罪の謝です。ごめんなさい。
ただし、基本的なアイデア(人生をファイナンスの観点から金銭的に考慮してみる)はこのblogで既出です。あえてリンクは貼りませんが。その際、いろいろと質問が出ましたが、ファイナンスの基本を分かっていらっしゃらないのではないかと思われる疑問が多かったので、向こうを応用編とすると入門編に対応する記事を書くことを思いついたのですが、何事も入門編が難しいので延び延びになっていました。前回の記事に対する補足説明の記事と今回の記事でほとんどの疑問は解消されている*1かと思います。なお、例外であるid:kennakさんのみんなそんな感じを実感しつつあるから今の消費動向なのかとというコメントに関しては今の消費動向の原因は基本的にデフレで説明できるのはないかという示唆でお答えさせていただきます。詳しくはリフレ派諸氏のblog、書き込み、書籍をお読みください。また、自由時間を十分に確保した上で合理的に貯蓄および消費しても使い切れない金*2は貯めて置いても仕方ないので(非合理的だが自分にとって出来るだけ価値のある使い方をしたいときにするという意味で)浪費するしかないというのは、はっきりと書くと世の倹約家になにを言われるか分からないので書きませんでしたが、あえて書くならそういうことになると思います。ただし、自由時間を十分に確保する=お金のためではなく仕事が好きだから好きなだけ働いているという人は非常にレアケースですので言及する必要があるかどうかは疑問です。というか、そういう人は仕事中毒の可能性がありますから精神科に行かれることをお勧めします。

間接的謝辞

前回の記事の根幹と今回の記事の根幹は同じですので、前回の記事のアイデアをいただいた方に前回と同様に感謝いたします。
Life is beautiful: コーポレート・ファイナンス入門id:ryozo18さんのエントリー経由で知りました。ご紹介ありがとうございます。
ドラゴン桜の人の就活漫画*3生涯賃金で仕事を選ぶべきのようなとんでもない話があったことおよび雑誌名は忘れましたが日本の経済誌*4生涯賃金特集があったのが今回の記事を書く動機となりました。反面教師になっていただきありがとうございます。*5

蛇足

ちなみに、ライフファイナンスには致命的欠点があります。でなければ、ファイナンスの偉い人が大昔にとっくに思いついていて、こんな話はファイナンスの教科書の最初の方に精緻化されかつ分かりやすくなった形で出てくるようになっているはずです。残念ながらそのような教科書は寡聞にして存じませんので、恐らくファイナンスの偉い人は何故ファイナンスは有用なのに人生には適用できないのかということにちゃんと気が付いている物と思われます。
もちろん、その欠点はお金では買えない物があるということではありません。それはコーポレートファイナンスでもミクロ経済学でも同じことです。もちろん、一部の企業ではこの欠陥のせいでコーポレートファイナンスの適用が難しくなりますが、そういう会社でコーポレートファイナンスが使われているわけがないので*6ご安心ください。
また、その欠点があったからといって人生・ファイナンス的思考や発想は(適切に用いれば)有効ですし、人生・ファイナンスで暗黙に批判されている初任給や生涯賃金による企業選びおよび初任給や生涯賃金しか伝えない企業やマスコミに対する批判には意味があると考えています。
ちなみに、個人にとってキャッシュフローが大きければ大きいほど良いのかという問題は前回の記事で既に扱っております。

*1:されていなければそれはファイナンスが分かっていないと言うことなのでファイナンスの教科書をお読みください。さすがに、入門編と応用編の中間部分を書くのは無理です。

*2:大きくなったパイの分け前と考えても良いです

*3:銀のアンカー

*4:fhvbwxだって通俗的で役に立つことがない経済雑誌を読むことぐらいあります

*5:まあ、銀のアンカーは編集者あるいは取材先のせいでしょうが

*6:少なくとも日本では(まあ日本でコーポレートファイナンスを適切に運用している会社がどれだけあるかという気もしますが)